車載LAN(Ethernet)のESD対策

 

2018-10-29

課題解決事例

技術情報

車載LAN(Ethernet)のESD対策

 
 

はじめに

車載システムのECU(電子制御装置)の通信ネットワークには、CANやLINなどの規格が用いられています。 その中でも近年注目されているADAS(先進運転支援システム)などの実現には、 100Mbps以上の高速通信規格である車載Ethernetが有望視されています。 当然ながら他の規格と同様にESDに対する保護は必須です。 対策には車載Ethernet PHY(物理層IC)ベンダが推奨する方法がありますがいくつかの課題があります。 ここでは、車載Ethernetのより効果的なESD対策として、高耐量ESDサプレッサによる対策を提案します。

車載Ethernet PHYベンダ推奨のESD対策と課題

一般にネットワークのESD対策は、例えばCANの場合もそうですが、 機器やユニットとネットワーク(ケーブル)の接続ポイントであるコネクタ直下に ESD対策部品を配置するのが原則的なアプローチです。 それに対して車載EthernetのPHYベンダは、ESD対策部品であるTVSダイオードを CMNF(コモンモードノイズフィルタ)とPHYの間に配置した構成を推奨しています。 これは、車載Ethernetの場合コネクタ直下にTVSダイオードを配置する構成では、 多くの自動車関連メーカーで導入されているBCI(Bulk Current Injection)試験により 通信エラーが発生するためです(詳細後述)。

TVSダイオードをコネクタ直下ではなくCMNFとPHYの間に配置 graph
車載Ethernet PHYベンダ推奨のESD対策回路構成
TVSダイオードをコネクタ直下ではなくCMNFとPHYの間に配置

しかしながら、ESD対策部品であるTVSダイオードをコネクタ直下に配置できないこの回路構成では、 以下の2つの課題が生じます。

①PHY(物理層IC)のESD保護効果の悪化
②終端抵抗器R1、R2のESDによる劣化

課題を解決する高耐量ESDサプレッサを使用したESD対策回路

車載Ethernet PHYベンダ推奨ESD対策回路の2つの課題を解決するために、 TVSダイオードの代わりに高耐量ESDサプレッサを使用したESD対策回路を示します。

高耐量ESDサプレッサをコネクタ直下に配置可能 graph
課題解決のためESD対策部品を高耐量ESDサプレッサに変更した場合の回路構成
高耐量ESDサプレッサをコネクタ直下に配置可能

TVSダイオードの代わりに高耐量ESDサプレッサを使用することにより、 ESD対策部品をコネクタ直下に配置することが可能になります。

BCI試験による検証

BCI(Bulk Current Injection:バルクカレントインジェクション)試験は、 車載用電気電子部品の電源線や信号線などにBCIプローブでRF電流を注入し、 誤動作レベルや妨害排除能力を評価する試験で、多くの自動車関連メーカーが導入しています。 このBCI試験において、それぞれのESD対策回路構成の有効性を検証しました。
原則的なアプローチであるコネクタ直下にESD対策部品を配置した回路(ESD_1)での試験では、 TVSダイオードの場合は通信エラーが発生したのに対して、 高耐量ESDサプレッサでは通信エラーは発生しませんでした(表参照)。 この結果は、先に説明したように車載Ethernet PHYベンダがこの回路構成を推奨できないことが確認できました。 ちなみに、車載Ethernet PHYベンダ推奨回路(ESD_2)による確認では、 TVSダイオードでも通信エラーは発生しませんでした。

部品配置:(ESD_1) コネクタ-ESD-CMNF-PHY
部品配置ESD_1 graph
部品配置:(ESD_2)コネクタ-CMNF-ESD-PHY
部品配置ESD_2 graph

BCI試験方法:閉ループ法、注入電流:200mA、周波数:1~400MHz

ESD対策部品の配置が異なる回路でのBCI試験結果
コネクタ直下に配置した場合、TVSダイオードでは通信エラーが発生したが、 高耐量ESDサプレッサでは発生しない
ESD対策
部品
静電
容量
動作開始
電圧
部品
配置
試験
結果
高耐量ESDサプレッサ 0.1pF typ. DC:400~500V ESD_1 Pass
TVSダイオード 1.2pF typ. VBR:11V ESD_1 Fail
TVSダイオード 1.2pF typ. VBR:11V ESD_2 Pass

この結果は、抑制動作開始電圧が11Vと低いTVSダイオードは、 低電圧領域のノイズをクランプする際に必要な差動信号も消滅させるのに対して、 抑制動作開始電圧が400V以上の高耐量ESDサプレッサは、 差動信号をクランプせずに通過させるためと考えられます。

したがって、TVSダイオードをESD対策部品として使うには、 車載Ethernet PHYベンダが推奨するようにCMNFとEthernet PHYの間に 配置せざるを得ないことがわかりました。 対して、高耐量ESDサプレッサはコネクタ直下に配置できることが確認できました。

課題解決の確認

車載Ethernet PHYベンダが推奨するESD対策回路に関する2つの課題が、 高耐量ESDサプレッサを使いコネクタ直下に配置する提案回路によって解決すること確認します。

①PHY(物理層IC)のESD保護効果の悪化
1)部品単体でのESD抑制特性の比較
各ESD対策部品の基本特性の理解も含めて、ESD対策部品のみでのESD抑制電圧波形(保護されるべきPHY ICに掛かる電圧を模擬)を比較します。
評価方法 graph
評価条件:IEC61000-4-2
(150pF-330Ω)、接触放電8kV
静電気試験器:ノイズ研究所ESS-2002
オシロスコープ:テクトロニクスDPO7254
TVSダイオード
TVSダイオード graph
高耐量ESDサプレッサ
高耐量ESDサプレッサ graph

グラフが示すように、クランプ電圧(波頭値から約30ns後の電圧、第2ピークが該当)は ほぼ同じものの、ピーク電圧(波頭値の電圧、第1ピークが該当)はTVSダイオードの方が低くなっています。

2)CMNFと組み合わせた場合のESD抑制特性の比較

今度は、実際の対策回路に近似の条件として、CMNFを追加した構成での比較をします。

TVSダイオード
TVSダイオード graph
高耐量ESDサプレッサ
高耐量ESDサプレッサ graph

評価条件:ISO10605(330pF-2kΩ)、接触放電25kV
静電気試験器:ノイズ研究所ESS-2002、オシロスコープ:テクトロニクスDPO7254

結果として、回路構成として必要になるCMNFをともなった場合は、ESD抑制電圧波形の第1ピークは高耐量ESDサプレッサの方が低く、 TVSダイオードよりも有効であることが確認できます。

これは、1~10kΩ程度とインピーダンスが高いCMNFが高耐量ESDサプレッサの後段にある回路では、 CMNFの高インピーダンスによって大方のESD電流がESDサプレッサに流れるのに対して、 CMNFが前段にあるTVSダイオードの回路では、CMNFがTVSダイオードにESD電流を流すことに寄与しないためです。

つまり、TVSダイオードを使ったESD対策回路では、TVSダイオードをCMNFとPHYの間に設置せざる得ないことにより、 PHYに対するESD保護効果が悪化していることがわかります。 ESDサプレッサを使いCMNFの前段(実際にはコネクタ直下)に配置できることで、効果的にPHYを保護できます。

②終端抵抗器R1、R2のESDによる劣化

実際の回路には、コネクタ端に終端抵抗器が存在します。抵抗器もESDによって劣化することは既知の事実で、 ESD対策においては抵抗器も保護される必要があります。以下はそれぞれを模擬した回路とESD試験結果です。

回路 graph
試験条件:ISO10605(330pF-2kΩ) 接触放電±15,±20,±25kVをステップアップで各10回印加(計60回)
サンプル抵抗器:当社量産品(耐サージ品)
ESD対策部品 抵抗値変化率ΔR(%)
Ave. Max. Min.
TVSダイオード
(C:1.2pF typ.)
-2.70 -2.50 -2.90
高耐量ESDサプレッサ
(C:0.1pF typ.)
-0.03 -0.02 -0.06

それぞれにESDを印加して1kΩの終端抵抗器の抵抗値変化率を評価した結果、 TVSダイオードによる保護回路では抵抗値が約-3%変化しました。 これは、ESDが終端抵抗器に直接印加され、赤い矢印で示したESD電流が 終端抵抗器とTVSダイオードの両方に流れるため、抵抗器に劣化が生じたことが考えられます。 試験に使った抵抗器は耐サージ品ですが、一般品の場合はさらに大きな劣化が生じる可能性があります。 終端抵抗器の抵抗値が変化すると、差動信号の一部がコモンモードノイズに変換されるモード変換量Scd21の減衰量が悪化します。

高耐量ESDサプレッサを使った構成では、抵抗値変化率が±0.1%以内でした。 これは、高耐量ESDサプレッサが初段にありESD電流はほぼ高耐量ESDサプレッサに流すことができるため、 終端抵抗器もESDから保護されることを示しています。 したがって、TVSダイオードをESD対策部品として使うには、 車載Ethernet PHYベンダが推奨するようにCMNFとEthernet PHYの間に 配置せざるを得ないことがわかりました。 対して、高耐量ESDサプレッサはコネクタ直下に配置できることが確認できました。

車載Ethernet ESD対策のまとめ

ADAS(先進運転支援システム)などの実現に向けて、 車載ECUの高速通信ネットワークとして車載Ethernetが有望視されています。 そのESD対策としてEthernet PHYベンダが推奨する方法には、①PHYのESD保護効果の悪化、 ②終端抵抗器R1、R2のESDによる劣化、という2つの課題があります。

ここでは、その課題解決のために、TVSダイオードを使う回路構成に対し 高耐量ESDサプレッサを使用する保護回路を提案しました。高耐量ESDサプレッサは、 抑制動作開始電圧が高いことでコネクタ直下に設置してもBCI試験に代表される ノイズに対する誤動作に強く、インピーダンスの高いCMNFと組み合わせにより、 TVSダイオードより効果的なPHYデバイスの保護が可能です。 また、コネクタ直下に設置できることから、以降の終端抵抗器の保護も兼ねることができ、 Ethernet PHYベンダが推奨する方法の課題を解決することが可能です。

また、今回は触れませんでしたが、静電容量が0.1pFと極めて低いことから 車載Ethernetの標準規格である100BASE-T1(伝送速度100Mbps)、1000BASE-T1(1Gbps)だけでなく、 さらに高速なマルチギガ(2.5G/5G/10Gbps)の通信にも対応可能です。

高耐量ESDサプレッサとTVSダイオードの違い

最後に基礎知識として、高耐量ESDサプレッサとTVSダイオードの違いについて記します。

  高耐量
ESDサプレッサ
TVSダイオード(ZD)
構造 構造-高耐量ESDサプレッサ graph 構造-TVSダイオード(ZD) graph
電圧-
 電流曲線
電圧-高耐量ESDサプレッサ graph 電圧-TVSダイオード(ZD) graph
動作原理
動作原理-高耐量ESDサプレッサ graph
内部電極間のマイクロギャップ放電
空洞内の気体(Air)中をアーク放電
動作原理-高耐量ESDサプレッサ graph
通常、逆方向には電流が流れない
→高電圧がかかると空乏層を流れる
特徴
  • 低静電容量(0.1pF typ.)
  • 極性なし
  • ESD抑制効果に優れる
  • 2素子内蔵も 極性あり(片方向)
  • 静電容量(C:1.2~1.8pF) E

高耐量ESDサプレッサは、端子電極間のエアギャップを利用し高い動作(トリガ)電圧を得ています。 TVSダイオードは基本的にツェナーダイオードでシリコンのPN接合から成り、 ツェナー電圧が動作電圧になります。この電圧差はかなりの違いになりますが、 動作後のクランプ電圧はTVSダイオードとほぼ同等です。

img

※測定条件:阪和電子工業 HED-T5000-HC(大電流TLP試験機)、パルス立ち上がり:10nsec、パルス幅:100nsec

この記事に関する製品情報

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