高耐量ESDサプレッサによる車載EthernetのESD対策
2022-11-23
車載電子制御ユニット(車載ECU)は自動車の運転支援技術の進化や車外との通信可能な電子機器の普及に伴い搭載数の増加が見込まれており、車載ネットワークの通信負荷も増加傾向にあります。高速かつ大容量の車載ネットワーク通信として車載Ethernetが有望であり、CANと比較するとデータ伝送速度が高速で、IP(インターネットプロトコル)ベースでデータをやり取りできるため、民生Ethernetの技術を採用しやすいことや、セキュリティ性が高いといった利点があります。 本稿では、車載EthernetのESD対策に効果的な高耐量ESDサプレッサにおける評価結果をご紹介します。
Open Alliance(車載Ethernet標準化団体)ESD対策回路
車載Ethernetの標準化団体であるOpen Alliance ではESD保護素子の配置を下図のように規定しています(図1)。ESD対策部品の配置として、コネクタ直下のESD_1と、コモンモードチョークコイル(以下、CMC)とEthernet PHY(物理層IC)の間に配置したESD_2の構成のどちらかを選択できます。以前にご紹介した記事(車載LAN(Ethernet)のESD対策)ではESD_2にはTVSダイオードを配置した回路構成が主流でしたが、現在ではESD入力部に近いESD_1にESD保護素子を配置する回路構成が主流となっています。ただし、ESD_1に配置するESD保護素子については、要求仕様や試験項目がOpen Allianceによって規定されています。
Open AllianceのESD保護素子仕様と要求試験
Ethernet通信ではESD-1に対してのトリガー電圧(動作開始電圧)は100V以上と、CAN通信のESD対策で使用されるESD保護素子(積層バリスタやTVSダイオード)の動作開始電圧27V以上と比較すると、高いトリガー電圧への対応が要求されます。当社の高耐量ESDサプレッサは、下表に示すOpen Alliance が規定するESD保護素子の要求仕様を満足しています。
次のセクションでは、表2に示すESD保護素子の要求試験における高耐量ESDサプレッサの評価結果について紹介します。
項目 | 要求仕様 | 高耐量ESDサプレッサ |
---|---|---|
極性 | 極性なし(双方向) | 極性なし(双方向) |
許容回路電圧(Vdc max.) | DC 24V以上 | DC 50V max. |
ESDトリガー電圧 | 100V以上 | 400V以上(typ.) |
ESD耐量 | 150pF/330Ω ±15kV | 1150pF/330Ω ±25kV (typ.) |
ESD印加回数 | 1000回以上(IEC Level4) | 1000回以上(IEC Level4) |
No. | 試験項目 | 試験目的 | 試験概要 |
---|---|---|---|
1 | Mixed Mode S-parameter measurement |
差動信号の品質評価 | Sパラメータ測定 (Sdd11,Sdd21,Ssd21) |
2 | Damage from ESD | ESD印加時の信号品質評価 | ESD印加前後のSパラメータ変動の測定 |
3 | ESD discharge current measurement | ESD保護素子使用時のPHYに 流れるESD電流評価 |
ESD保護素子、終端回路、CMC含めた 回路でPHYに流れる電流を模擬評価 |
4 | Test of unwanted Clamping Effect at RF immunity Tests |
RF電力印加時の イミュニティ耐性評価 |
規準電力に対して高電力印加時の Sパラメータ変動を評価 |
Open Alliance 要求試験における高耐量ESDサプレッサの評価結果
1. Mixed Mode S-parameter measurement
信号品質の評価として、下記3つのSパラメータを測定します。
①Sdd11(リターンロス):入力されたディファレンシャル信号の入力端での反射量
②Sdd21(挿入損失):入力されたディファレンシャル信号の出力端での損失量
③Ssd21(信号モード変換):入力されたディファレンシャル信号が出力端でコモンモード信号へ変換される量
Sdd11とSdd21についてはESD保護素子の静電容量の絶対値、ペアで使用する静電容量の差が大きくなると、Ssd21(信号モード変換)が悪化することが知られています。
静電容量:0.1pF, 公差:+0.1/-0.08pFと静電容量の絶対値が小さく、狭公差の高耐量ESDサプレッサは信号品質に優れており、要求仕様を満足しています。
2. Damage from ESD
<ESD印加によるSパラメータの変動を評価する手順>
(1)初期値(ESD印加前)のSパラメータ(Sdd11,Sdd21,Scd21)を測定
(2)IEC61000-4-2 接触放電±8kV 各20回印加 → Sパラメータ測定
(3)IEC61000-4-2 接触放電±15kV 各20回印加 → Sパラメータ測定
Sdd11,Scd21(4ポートでの信号モード変換)はESD印加前後の変動が±1dB以内
Sdd21はESD印加前後の変動が±0.1dB以内
例えばESD耐量が低いESD保護素子では、絶縁性の劣化によりSパラメータが大きく変化し、1項のMixed mode S-parameterの規格を満たすことができなくなります。高耐量ESDサプレッサは25kVのESD耐量を有しているため、ESD印加によるSパラメータの変動は上記の基準をクリアしています。
3. ESD discharge current measurement
Sパラメータに関しては、ESD保護素子のみでの評価ですが、この試験に関しては下図のように実際の回路を想定した評価になります。PHYの動作時のインピーダンスをCMCの後段の2Ωの抵抗に模擬してオシロスコープの電圧波形からPHYへ流れる電流を評価します。
Open Allianceの規格書には電流値によってClassⅢ、ClassⅡ、ClassⅠの分類があり、ClassⅢがESD保護素子として最も優れていることを意味します。
高耐量ESDサプレッサと100BASE-T1用のCMCの組合せで+3kVから+15kVまで印加した電流波形を図6に示します。波頭部はClassⅢのLimit値である5A近く流れるものの、以降の電流値はほぼ0AとPHYへの漏洩電流を抑制しています。ESD印加電圧を高くしても電流波形にほぼ変化なく、高耐量ESDサプレッサがPHYへの漏洩電流を抑制しており、3つのClassとしては最も優れたClassⅢに相当します。
4. Unwanted Clamping Effect at RF immunity Test
この試験においてもESD保護素子単独ではなくESD保護素子とCMCと併用しての回路評価をおこないます(図7)。RF電力印加時にESD保護素子がノイズをクランプするかしないかを評価するもので、基準となるRF電力印加時のCMR(Common Mode Rejection,同相信号除去)に対して基準値よりも高電力を印加した場合の、CMRの変動を±1dB以内に抑える必要があります。なお、CMRは下記の式で表されます。
CMR = P_in - P_out
図8にRF電力印加時のイミュニティ耐性の評価結果を示します。規準値20dBmに対してClassⅢの39dBmのRF電力を印加してもCMRに変化はなく、高耐量ESDサプレッサはRF電力印加に対するイミュニティ耐性が高いことが分かります。
まとめ
今後、車載ネットワーク通信として有望な車載Ethernetの標準化団体であるOpen Allianceが規定する、ESD保護素子の要求仕様と各試験項目について、当社が開発した高耐量ESDサプレッサにおける各試験項目の評価結果を紹介しました。高耐量ESDサプレッサは第三者認証機関(FTZ)の評価で100BASE-T1の要求仕様をクリアしており、より効果的な車載EthernetのESD対策に貢献します。