プロセッサの基礎知識(3)~電源の概要と構成~
2024-7-24
前回の記事では、プロセッサの種類と特長、その使われ方について詳しく紹介しました。本記事では、プロセッサの動作に不可欠な電源について、その概要と、目的に応じて使い分けられる構成のバリエーションについて解説していきます。
プロセッサ向け電源の概要
全ての電子機器が動作するには電力の供給が必要であり、その役割を担うのが電源です。主要な計算処理をおこなうプロセッサは、機器内において比較的大きな電力を必要とします。但し、商用電源やバッテリの電圧から直接プロセッサが使用する低電圧・大電流を作り出すことは難しいため、プロセッサに電力が届くまでには複数の電源を経由します。通常は、AC/DCコンバータやバッテリからの電圧を、DC/DCコンバータによってプロセッサに必要な低電圧・大電流へと変換します。DC/DCコンバータは、プロセッサ以外の回路や部品・用途の状況に応じて複数段となっていることもよくあります。本記事では、プロセッサ向け電源として、プロセッサに直接電流を届ける最終段のDC/DCコンバータを取り上げます。
プロセッサがDC/DCコンバータから電力エネルギーを受け取る経路は一つではありません。プロセッサ内の機能によって分かれています。効率的な動作のためにそれぞれ最適な電圧・電流を受け取っているのです。この経路のことを一般的に電圧ライン(Voltage Rail)と呼びます。その中でコアライン(Core Rail)と呼ばれるものが主要な計算を行う回路であり、他のラインと比べて大電流を必要とします。それ以外にもプロセッサ内にはプロセッサの種類・製品に応じて機能別に電圧ラインがあります。例えば、あるSoCの場合、CPU・GPUのコアラインのほかに、IO、メモリ、補助機能などがあります。これらの電圧ラインの数は、プロセッサの高性能化・多機能化が進む中で、全体的には増加方向にあります。
このようにプロセッサに多用されているDC/DCコンバータですが、それはどのようなものか、まずは電源の分類を見てみましょう。動作方式の大分類としてスイッチング方式とリニア方式があることがわかります。プロセッサ向けとして中心的に使用されるのはスイッチング方式の方です。プロセッサは大電流を要求する回路となっているため、低発熱・高効率が重要な要素となるためです。一方で、リニア方式は電力効率が問題にならない電圧の微調整や小電流の電圧ラインに使われることがあります。
高い電力効率を意識する中では、電源の配置(レイアウト)も重要です。多くの場合は下記の事例のようにプロセッサの近くに配置されます。電源からプロセッサには大電流が渡されるため、電源を遠い箇所に設置するとその間の長い配線が無駄な電力損失を生んでしまうためです。プロセッサ向けDC/DCコンバータは特にVR(Voltage Regulator)、POL(Point of Load)といった名称で表されることもありますが、後者は、プロセッサ向け電源はその近傍に配置すべきであることを示唆しています。
次にプロセッサ向け電源(スイッチング方式のDC/DCコンバータ)の主要な部品構成を見てみましょう。様々な回路方式(トポロジ)がありますが、本記事では最も広く活用されているBuck型について取り上げます。主要な部品はコントローラ、パワーステージ、インダクタ、コンデンサの4つです。※抵抗など制御定数設定のための部品については説明を割愛。
これらを組み合わせることで入力の高電圧・小電流をプロセッサが使う低電圧・大電流に変換します。コントローラ、パワーステージはいずれもICであり、見た目が紛らわしい場合もありますが、役割は明確に分かれています。プロセッサの電圧・電流の要求変化を感知してスイッチング命令をおこなう頭脳役がコントローラ、命令に応じてスイッチングし電力変換をおこなう筋肉役がパワーステージです。
IC | 役割 | |
---|---|---|
Controller |
|
|
Power Stage (DrMOS,SPS) |
|
インダクタとコンデンサも交えた電力変換の動作は、大まかには下記のようになります。
- 低電圧変換
プロセッサへ電圧・電流が送られる出力電圧ラインの変動をコントローラがモニタリングしながら、パワーステージ内のハイサイドMOSFETとローサイドMOSFETを交互にON・OFF(スイッチング)させ、入力電圧とつながるハイサイドMOSFETのON時間を短くすることで、プロセッサが使用する低電圧へ変換。 - 大電流変換
プロセッサが必要とする大電流に到達するまでハイサイドMOSFETのON時間を一時的に増やす。この時、出力に電流を供給しながらインダクタには磁界エネルギーが蓄えられる。ハイサイドMOSFETをOFFにした時は入力からの電流供給は途絶えるが、インダクタに蓄えられたエネルギーが放電されることによって緩やかに減少する電流が流れ続けるため、その後は必要な出力電圧に合わせて一定比率のON・OFFを繰り返すことで連続的な大電流出力をキープする。 - 入出力電流平滑
MOSFETのスイッチングによってDC/DCコンバータの入力側と出力側に現れるリプル電流を、近傍の入力コンデンサ(Cin)と出力コンデンサ(Cout)で平滑し、入出力につながる回路へリプル電流が伝わることを防止する(デカップリング)。
必要な定数はプロセッサの電流変動の度合いによりますが、それぞれのケースにおいて十分なコンデンサを追加することで、要求を満足する電流供給と電圧変動の安定化が図られます。もし十分なコンデンサが無ければ、プロセッサが大電流を要求してからDC/DCコンバータが応答する(インダクタが電流供給する)までの間に十分な電流を供給できず、その結果電圧が大幅に低下し、プロセッサの動作停止に至る恐れがあります。
プロセッサ向け電源は以上のような部品と動作を基本としながら、実際の設計においては実用面での様々な要求が存在します。つまり、安定性、電力効率、サイズ、コスト、リードタイム等の観点です。これらの要求の程度を加味し、それぞれの機器に最適な電源設計が絞り込まれます。例えば、電源サイズの小型化は一般的にスイッチング周波数を高周波化し部品を小さくすることで実現できます。しかし、高周波化は高効率とトレードオフの関係にあり、場合によっては汎用的な部品が使えずコストが高くなることもあります。そのため、それぞれについて検証し全体的なバランスを考慮しながら設計が調整されていきます。
要求 | 対応例 | ||
---|---|---|---|
高安定・高信頼 | 市場不具合を防止するために、幅広い温度環境や長期稼働でも安定動作するように設計すること。 | 部品や回路について、ワーストケースを想定した評価を行う。 信頼性が証明された部品を使う。 |
|
高効率・省電力 | 稼働における電力コスト削減ために、電力損失がなるべく小さくなるように設計にすること。 | 低周波スイッチングや、損失の小さな部品を使用する。 高電圧配電やプロセッサと電源の距離を短くする。 |
|
小型・省面積 | 要求された機器サイズや実装面積に対応するために、なるべく小型となるように設計すること。 | 高周波スイッチングや、小型高性能の部品を使用する。 より統合度の高い電源ICを利用する。 |
|
高可用性・低コスト | 事業継続と競争力のために、柔軟で安定的な設計や調達先を確保すること。 | 電源ICや部品について、低コスト汎用品の集中購買を行う。 マルチソースに対応し、使いまわしが可能な共通設計を作る。 |
|
簡易性・即時性 | 機器開発リードタイム短くするために、設計工数が少なく簡易的に設計が完了できること。 | ICメーカーのリファレンス設計を利用する。 より統合度の高い電源ICを利用する。 |
以上のような要求への対応は、電源設計の様々な段階で行われるものですが、大まかな方向性は電源構成の選択によって定まります。そこで、基本的な電源構成のバリエーションとその特徴について見てみましょう。
プロセッサ向け電源の構成
ディスクリート構成
ディスクリート構成は、プロセッサ向け電源として最も一般的な構成です。前述のコントローラ、パワーステージがそのまま個別(ディスクリート)のパッケージ*1で構成されています。ディスクリート構成がよく利用されるのは大電流の電源を柔軟に低コストで設計できるためです。ディスクリート構成では複数のパワーステージを並列使用することで、大電流へ対応します。これをマルチフェーズ設計と呼びます。例えば、パワーステージ単体で40Aの定常電流までしか扱えない場合*2でも、4つ並列(4フェーズ)で使用すれば160Aの定常電流をプロセッサに供給することができます。
- *1 パワーステージをMOSFET、ドライバへと更に個別パッケージに分離して構成されることもあります。
- *2 パワーステージは最大電流定格として100A超の製品がありますが、最大定格での効率は低くなっています。そのため多くの場合、90%を超える高効率を確保できる電流領域で使用されます。
【メリット】…低コスト・マルチソース、高い設計自由度、柔軟なレイアウト、マルチフェーズ設計による大電流への対応
【デメリット】…設計工数がかかる、電源サイズが大きくなる
【最適シーン】…大電流プロセッサを使う際に、実装面積に余裕があり、柔軟性と低コストを優先したい場合
【用途事例】…PC、GPU、サーバー、アクセラレータ、通信機器、車載機器など(大電流なコアライン)。
<回路図とレイアウトイメージ>
コンバータ構成 (レギュレータ構成)
コンバータ構成(レギュレータ構成)*3は、コントローラとパワーステージが一つのICとして統合されており、ディスクリート構成より小型で簡易的です。単体(シングルフェーズ)で対応できる数十Aの電流値で、実装面積が限られている場合に最適な構成です。
- *3 コンバータやレギュレータというと、構成に関わらず総称として使われるDC/DCコンバータという一般呼称と重なるため少し紛らわしい呼び方です。しかし、一つの電源ICで DC/DCコンバータ(レギュレータ)として機能できるため慣例的にこのように呼ばれています。
【メリット】…電源の小型化、設計の簡易化・期間短縮
【デメリット】…使用可能な電流が数十Aまで。マルチフェーズでの使用に向かない
【最適シーン】…汎用的に存在する中小電流の電圧ライン向けの設計を簡易的に行いたい場合
【用途事例】…あらゆる用途(数A~数十A程度 の電流を必要とする電圧ライン)
<回路図とレイアウトイメージ>
モジュール構成
モジュール構成は、電源コントローラ*4、パワーステージに加え、大きく電源面積を占有しているインダクタや、一部のコンデンサ*5も一つのパッケージに統合されている高密度な構成です。小型であるだけでなく、構成部品を評価する工数が少なく済むため設計期間の短縮にも貢献します。
- *4 マルチフェーズ設計が前提のモジュール製品では、コントローラは外付けになっていることがあります。
- *5 コンデンサについては一部統合されている場合があるものの、外付けで追加されることが一般的です。それぞれのプロセッサの負荷変動の度合いによって必要なコンデンサの定数は変わるためです。
【メリット】…電源の小型化、設計の簡易化・期間短縮、マルチフェーズによる大電流への対応
【デメリット】…高コスト、レイアウト制限 ※小型だが構成部品がまとまっていることで、部品間の隙間や基板反対面を活用できない
【最適シーン】…大電流プロセッサを使う際に、実装面積余裕が無かったり、短期での設計が求められる場合
【用途事例】…ハイエンドのAIアクセラレータ・通信機器・産業機器など(大電流なコアラインや中電流の補助ライン)
<回路図とレイアウトイメージ>
PMIC構成
PMIC (Power Management IC)*6とは、特定のプロセッサやシステムに最適化された電源ICです。該当プロセッサ・システムが必要とする複数(マルチチャンネル)の電圧ラインを制御するコントローラやパワーステージを1つのIC内に内蔵しています。*7
PMICであれば1個~数個といった少ない電源ICで電源設計を完了することができ、設計の簡易化と小型化が期待できます。一方でPMICは、利用可能なプロセッサが限られており、供給できる電流も比較的小電流の範囲に留まります。そのため、高性能プロセッサにおいては、大電流のコアラインはディスクリート構成で対応し、その他複数の小電流の電圧ラインはまとめてPMICで対応するというソリューションが存在します。
- *6 複数の電圧ラインについて、電力変換だけでなく、起動・停止タイミングの管理(Management)までを行うことが、PMICと呼ばれる所以です。プロセッサ以外のシステム(液晶パネル、カメラなど)に向けたPMICも存在します。また、電力変換をおこなわず電力管理のみおこなう製品もPMICと呼ばれることがあります。
- *7 電流値が大きいと外付けパワーステージとともに使用されますが、大きすぎる場合はPMIC以外の電源構成が選択されることが一般的です。
【メリット】…特定プロセッサに必要な複数の電圧ラインが統合されており、電源小型化・設計簡易化において最も効果的
【デメリット】…対象用途が特定のプロセッサに限られる、高コスト
【最適シーン】…電源設計に時間・労力をかけたくない場合 ※SoCメーカーがセットでPMICも提供するケースも
【用途事例】…スマホ、タブレット、ノートPC向けSoC、組込み機器や車載IVI/ADAS向けSoC
<回路図とレイアウトイメージ>
このように、プロセッサ向け電源は、それぞれの設計状況に応じて、適材適所で使い分けられています。また、以上のような構成を基本的なものとしながらも、進化・改善が続いており、ますます厳しくなるプロセッサの要求へ対応しています。
今回の記事では、プロセッサに求められる電源の役割、構成部品と動作、基本的な電源構成のバリエーションについて紹介しました。どの電源構成を選択した場合も、そこには受動部品であるインダクタとコンデンサが使用されており、高性能な電源の実現に大きな役割を果たしています。次回記事ではプロセッサ向け電源の仕様詳細と、それに対してインダクタ・コンデンサに求められる特性について詳しく解説していきます。