世界500社以上、⽣産台数1億台を誇るパナソニックの焦電型⾚外線センサ「PaPIRs(パピルス)」

2022年5月、パナソニックの焦電型赤外線センサ「PaPIRs」の累計生産台数が1億台を越えました。「PaPIRs」は照明器具や防犯機器、家電製品など多岐にわたって使用されています。昨今は、人が来れば消毒を促すディスプレイや人が通った時にだけ画面が映し出される大型ディスプレイなどコロナ禍ならではの利用法も生まれています。またIoT技術との親和性も高く、会議室や飲食店の空き状態を伝える、店舗内の人の流れを記録してビッグデータを収集するといったことにも利用されています。焦電型赤外線センサ自体の仕組みは簡単ですがアイデア次第で使い方は大きく広がります。

パナソニックの焦電型赤外線センサ「PaPIRs」は幅広いラインナップでお客様のアイデアをスピーディに具現化するためにお役に立てます。納品先は500社以上で、海外メーカーが7割を占めており、グローバルにPaPIRsの性能が評価されています。
今回は開発者インタビューを通して「PaPIRs」の強みに迫っていきます。

今注目を浴びる、焦電型赤外線センサとは

「焦電型赤外線センサ」と言われて、ピンとくる方はかなり専門的なお仕事をされている方ではないでしょうか。トイレに入ると自動で照明が点灯する際に使われている「人感センサ」と言われれば、知っている方も多いかもしれません。人感センサは人に反応して、照明などのスイッチのON/OFFをおこないます。この人感センサとして多く使われているのが「焦電型赤外線センサ」です。

焦電型⾚外線センサON/OFFイメージ

焦電型赤外線センサの仕組み

赤外線は電磁波の一種で、人の肉眼では見えませんが人間や動物は常に赤外線を体から発しています。焦電型赤外線センサはセンサ周辺の赤外線の変化を検知して作動します。乾電池で作動する人感センサ対応の照明があるように消費電力も小さく、電力不足が叫ばれる昨今、消し忘れを防止できる「焦電型赤外線センサ」は省エネの観点からも注目を集めています。

焦電型⾚外線センサの使用用途
照明制御だけでなく、家電制御や在室検知・見守り・侵入検知など
焦電型⾚外線センサの使⽤⽤途は多様化している

ゼロから立上げ、22年で累計生産台数1億台突破。
データ駆動型社会を支える焦電型赤外線センサ「PaPIRs」の裏側に迫る

開発者インタビュー

レンズ一体型のセンサで、開発現場の省力化に貢献

――焦電型赤外線センサ「PaPIRs」生産1億台、おめでとうございます。いつから生産を始められたのですか

「PaPIRs」は1998年に三重県の津工場で生産をはじめました。津工場では主に配線器具を作っています。人感センサ付きの自動スイッチは1988年に初めて商品ラインナップされました。当時はデバイスを他社から購入して製品化していたのですが、社内で見ると照明器具や配線器具など人感センサで制御する製品がいくつかありました。そこでこれからは人感センサが「キーデバイス」になるはずだということで社長プロジェクトとして立ち上がったのが1995年でした。
元々我々は器具メーカーなので、デバイス製造をゼロから立ち上げるという経験がなく、開発には課題が山積しましたが、社内の衆知を集め3年の歳月をかけて量産化に成功しました。

レンズの企画、開発をおこなう 園 孝浩
レンズの企画、開発をおこなう 園 孝浩

――何もないところからの立ち上げ。先行するメーカーに対抗するためにどのような製品にしようと考えておられたのですか

まず、自社製品への組み込みを考えていましたので、商品のデザインを損なわないように、パーツの小ささにこだわりました。そのため、あえて難しいレンズ一体型のセンサの製造を目指しました。センサとレンズを別々に用意して組み合わせる仕様だと、開発現場の担当者はそれぞれのスペックなどを検討する必要があり時間がかかってしまいます。センサとレンズを一体にすることで、そういった製品の開発現場で省力化ができるという狙いもありました。

サイズイメージ

――22年間で1億台を達成できた要因はどこにあるとお考えですか

やはり「PaPIRs」の一番の特長であるレンズ一体型にあると思います。購入いただいてすぐに使えるというのは、製品の開発スピードを短縮できますので、新しい分野にチャレンジしていただく時に省力化できます。しかも製品自体が小さいので、色々な用途にお使いいただけます。
またラインナップが豊富で用途に合わせて選べるというのも魅力なのではないでしょうか。最初は社内製品向けに製造していましたが、徐々に社外からの引き合いも増え、レンズバリエーションも増やしたことで、今では社外向けの外販ビジネスが主流になってきています。

製造ライン
サイズイメージ

全15種類の豊富なレンズラインナップで、検知したいエリアの広さ・距離・用途に合わせて柔軟に対応

――レンズとはどのようなものですか

皆様がよく目にする人感センサ対応の照明、あれに白いポチっとした出っ張りがあるのを見たことはありませんか。それが「焦電型赤外線センサ」のレンズなんです。レンズは焦電素子に赤外線を集めるのに非常に重要な役割を担っているのです。
まず、人体から発せられた赤外線はレンズによってセンサへ集められます。人体から放射される赤外線のエネルギーは非常に小さいので、効率良く集める必要があります。また、太陽光や照明などの影響をさけるために光学フィルタも重要になります。当社では、レンズの企画・設計・金型製造・レンズ成形を全て社内で実施しています

中央の出っ張り部分がレンズ(⼈感センサ対応の照明)
中央の出っ張り部分がレンズ(人感センサ対応の照明)

――レンズバリエーションを増やしたということですが、現在何種類ありますか

「PaPIRs」のラインナップとしては15種類です。レンズの種類によって、例えば広範囲に検知した方が良いのか、狭い範囲でも遠方から検知すれば良いのか、小さな動きを感知した方が良いかなど用途に合わせた製品をあらかじめ用意できるのです。

中央の出っ張り部分がレンズ(⼈感センサ対応の照明)
中央の出っ張り部分がレンズ(人感センサ対応の照明)
PaPIRsはラインアップは、レンズの種類別に全15種類
PaPIRsはラインアップは、レンズの種類別に全15種類

――具体的にレンズの設計や製造についてお聞かせください

外側は球形状ですが、内側はレンズがたくさん並んでいる形状になっています。最大で52面のレンズが入っています。レンズは増やせば増やすほど、1つ1つの感度をコントロールするのが難しく、素子に入射する赤外線の角度や量を何度も何度もシミュレーションして設計していきます。レンズは一番厚いところで0.8mm、薄いところで0.2mmになります。この精度を出すためには精密な金型が必要になります。金型はμm単位の精度で鏡面磨きをおこなっています。μm単位の金型を維持するために、保管を真空状態で行っています。

鏡⾯磨きが施されたレンズの⾦型
鏡⾯磨きが施されたレンズの⾦型
⾦型が酸化しないように保管も真空状態で⾏われる
⾦型が酸化しないように保管も真空状態で⾏われる
鏡⾯磨きが施されたレンズの⾦型・⾦型が酸化しないように保管も真空状態で⾏われる
鏡⾯磨きが施されたレンズの⾦型(写真左)
⾦型が酸化しないように保管も真空状態で⾏われる(写真右)

スリットを設けた独自のクアッド焦電素子が温度変化を細やかにキャッチし、高感度を実現

――赤外線を捉える素子には、より多く赤外線をキャッチする仕組みなどはありますか

一般的な焦電素子は2つから出来ているのに対して、当社は4つの素子で構成しています。さらに各素子にスリットを設け空間を作ることで、入ってきた熱を逃げにくくしています。これを当社では「スリット付き高感度クアッド焦電素子」と呼んでいます。
更に熱を素早く素子に伝えるために厚みも50μmに薄く研磨しています。素材も通常は鉛を含有するセラミック材を使用しますが、当社は鉛を含まないリチウムタンタレートという素材を使用し、環境にも配慮しています。スリット加工にはサンドブラス トを用い、幅60μmという微細な形状を実現しています。

スリット付き高感度クアッド焦電素子イメージ

――赤外線は熱だと思うのですが、それをどのように電気信号に変えるのですか

焦電素子に赤外線が入ると、温度変化が生まれ素子の表面温度が上がります。すると、素子内の分極が変化し、素子に付着している電荷のバランスが崩れ、結び付く相手のいない電荷が生まれます。この発生した電荷を電気信号として取り出して、電気信号に変えているのです。

焦電素⼦に温度変化が起きることで、アナログ信号はしきい値を超え、デジタル信号に変換される

レンズ、焦電素子、ASICをパッケージ化し、優れた耐輻射ノイズ性と設計省力化を実現

――電気信号は微小だと思うのですが、誤検知は発生しないのですか

微小な電気信号をしっかりキャッチするためには、ノイズを極力抑えることです。当社では「TO-5メタルCAN」と呼んでいるシールド内に素子やIC回路を入れ、Wi-Fiルーターや携帯電話から発生する電磁波を遮断し外からのノイズを抑えています
IC回路も必要な機能だけを組み合わせ、優れたS/N比と省電力を実現した専用のアンプ、コンパレーターを内蔵した自社開発のASIC(カスタムIC回路)を使用しています。1チップにまとめているので、TO-5メタルCANに収めることができ、回路内でノイズを抑えながら、微小な電気信号を効率よく増幅させることができます。

レンズ、焦電素子、ASICをパッケージ化

――これだけ小さいスペースによくこれだけの部品点数を収めることができますね

インサート成形技術を使用しているからです。金属と樹脂を一体化させる成形法で、金型内に部品をセットし、樹脂を充填しそれぞれが一体となった成形品を作りだす製造方法です。インサート成形は異なる性質の物質を組み合わせるので、熱膨張率や熱伝導率、成形の加工精度が必要になります。

――人間から発生する赤外線は微小だと思うのですが、不検知が生じませんか

不検知の原因は人間と背景の温度差が小さいということから生じます。「PaPIRs」では人間と背景(周囲環境)の温度差が4℃以上あれば検知することを保証しています。季節に関係なく、4℃差以上が確保されていれば、問題なく検知できます。

加⼯精度が求められるインサート成形
加⼯精度が求められるインサート成形

電⼦顕微鏡で1点、1点加⼯をチェック
電⼦顕微鏡で1点、1点加⼯をチェック

コロナ禍の非接触ニーズ、IoT化、エネルギー問題まで、
市場ニーズをスピーディに捉え今後も進化しつづける「PaPIRs」

――「PaPIRs」の生産量は2017年頃を境に伸びているようですが、何か転機があったのでしょうか

IoTの普及でしょう。「PaPIRs」はもともと照明制御をターゲット市場と考えていたのですが、昨今のIoTの普及により、それ以外の需要が急増しました。例えばセキュリティカメラやスマートホーム用の人感センサ、IPカメラなど今までなかった製品、使われることのなかった製品への用途が増えていきました。我々も新しい市場にフィットしたレンズをラインナップし、生産ラインも見直しました。

また、私は2年ほどドイツに赴任したのですが、センサの分野でトレンドを作っている欧州市場との結びつきを強化し、製品開発をおこなってきました。エネルギー効率の改善にはセンサは欠かせないというのが欧州での考え方で、SDGs達成に向けて欠かせないパーツだという認識です。そのためにはしっかりとした品質の製品が求められています。このような流れを受け、レンズの種類も倍以上の15種類に、生産能力も1.5倍に高めていっております。

製造ライン
拡⼤する需要に応えるために⽣産設備を増強

製造ライン
拡⼤する需要に応えるために⽣産設備を増強

――コロナによって、需要の変化はありましたか

人が触るスイッチに触れたくない「非接触」という面ではニーズは増えましたね。また、コロナ禍で以前よりもIoT関連の需要が増えています。シングルボードコンピューター「Raspberry Pi」等と組み合わせて使われることも多く、eコマース市場でもご購入頂くケースが増えています。「PaPIRs」は後付けが必要な部品がほぼゼロで、お客様が望まれる機能を全てこの小さなサイズにパッケージングしているので、お客様は購入するだけですぐに人感のON/OFFスイッチとしてお使いいただけます

人感センサで思い付くのは照明の自動ON/OFFだと思います。常時人が居ない倉庫や会議室の照明、オフィスの複合機や大型液晶などの消し忘れを防止して、省エネ化が図れます。また最近では、スーパーの無人レジでも使用されています。センサのON/OFF状況をインターネットに繋げて人の流れを可視化することで、ビッグデータ活用にも利用されています。さらに「人が居る、居ない」の見守りセンサや居酒屋店でのテーブル状況の把握、洋服の試着室やトイレの稼働状況も見える化できます。この場合、イメージセンサと違いプライバシーも守ることができます。

――イメージセンサの話が出てきましたが、組み合わせで使われることは

最近増えてきたスマートフォンで訪問者と会話できるドアベル。バッテリー駆動のためできるだけ消費電力を抑えないといけません。イメージセンサを常時稼働させておくとすぐにバッテリー切れをおこし必要な時に使えません。
焦電型赤外線センサの消費電力は非常に小さくて済みます。「PaPIRs」では最小1μAタイプをラインナップしています。人が来たときの起動用に焦電型赤外線センサを使えば、バッテリーの電力を有効に活用することができます。しかも焦電型赤外線センサは赤外線なので暗闇にも強く、起動センサとしてはうってつけです。

――ありとあらゆる所に「PaPIRs」は使えそうですね。今後どのような展開を目指しておられますか

元々我々の製品づくりには「五設一体」という考え方あります。五設は「マーケットニーズ設計」「商品設計」「工法設計」「設備・金型設計」「工程・管理設計」の5つの関連部門が常に緊密な連携を保ちながら開発をすすめる手法です。この思想は津工場の始動から脈々と受け継がれています。私たちは、先ほどの「PaPIRs」の話の中でご説明した通り、マーケティング部門と密に連絡をとりながら市場トレンドを見極め、どう製品化するか、各部門のエキスパートが集まり、スピーディに課題解決をし、高品質なモノづくりを進めています。
皆様に今回のキャンペーンにご参加いただき、私たちが思いもよらなかった活用方法や改善点を教えていただきたいのです。お客様の声を聞くことが私たちの製品開発の第一歩になりますので。

五設一体イメージ図

取材を終えて

取材前、焦電型赤外線センサが、照明のON/OFFや家電製品の制御、防犯機器に使用され省エネに貢献するデバイスであることは知っていました。しかし、取材を通じて感じたことはこのセンサにはもっと大きな可能性が秘められていること。私たちは何か行動を起こす時には、かならず何らかのトリガー(きっかけ)があります。人の行動をデータ化するためにはこのトリガー設定を抑えることが重要になります。焦電型赤外線センサはトリガー設定として非常に使いやすいセンサです。ほかのセンサ類と比べても小型で安価であることはもちろん、IoT技術との親和性も高いことから、今後本格化するデータ駆動型社会を影で支えるデバイスとしてその重要性はますます高まっていくはず。

さらに今回、工場を見学して感じたのはPaPIRsの信頼性の高さ。レンズ加工技術、小型化を支える成形技術、厳格な検査工程など同一工場で生産することで、より高いクオリティを担保できるのだと再確認できました。開発を担う方々の新市場開拓への意欲の高さからも2億台の到達もそう遠くないのではないかと感じました。

企画・開発メンバー写真
企画・開発メンバー(左から順に)
パワー機器ビジネスユニット デバイス市場開発課 主務 奥村 雅之
パワー機器ビジネスユニット デバイス市場開発課 課⻑ 遠藤 清⽂
パワー機器ビジネスユニット デバイス技術開発課 主幹 園 孝浩
パワー機器ビジネスユニット デバイス技術開発課 課⻑ ⾕⼝ 良
パワー機器ビジネスユニット 製造戦略企画課   主幹 ⽊村 健⼀